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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)246号 判決

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人は、上告人に対し、金三八四万五四四八円及びこれに対する昭和五四年八月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

和議法上の和議債権者が支払の停止又は和議開始の申立のあることを知りながら債務者に対して負担した債務を受働債権としてする相殺が和議法五条において準用する破産法一〇四条二号但し書に該当する事由のないために同号本文により効力を生じない場合には、その後和議廃止の決定及び破産宣告がされて右債務負担の原因が破産宣告の時より一年前に生じたことになるときであつても、右相殺は、破産手続においても効力を有するものではないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

債務者が債権者に対して同種の債権を有する場合には、対立する両債権は相殺ができることにより互いに担保的機能をもち、当事者双方はこれを信頼して取引関係を持続するものであることにかんがみ、破産法九八条は、その一方が破産宣告を受けても他方は破産手続によらないで相殺をすることができるものとしているが、他方、相殺を無制限に認めるときは、破産者が経済的に危機状態に陥つたのちに、一部の破産債権者が破産者に対して債務を負担し、又は一部の破産者の債務者が破産債権を取得して、相殺をすることによつて、自己の債権の回収を図り、又は自己の債務を免れることができることとなり、債権者間の公平・平等な満足を目的とする破産制度の趣旨が没却されることになるので、同法一〇四条は一定の場合に相殺をすることができないものとしている。右各規定は、和議法五条によつて準用され、和議債権者のする相殺についても同様の考慮がされている。破産法一〇四条二号は、このような考慮から、本文において破産債権者が支払の停止又は破産の申立のあることを知つて破産者に対して債務を負担した場合に相殺を禁止するとともに、但し書において、その負担が破産宣告の時より一年前に生じた原因に基づくものであるときには相殺を禁止しないことにしているのであるが、右にいう但し書の趣旨とするところは、相殺の担保的機能を期待して行われる取引の安全を保護すべきものとするにあると解されるのである。ところで、和議法上の和議は、破産予防を目的とするものではあるが、和議手続が和議廃止の決定又は和議不認可若しくは和議取消の決定の確定により終了したときには、債権者間の公平・平等な満足を図る終局的な手続である破産手続に移行することが予定されているのであり、和議がこのようにして破産手続に移行した場合には、同号との関係においては、和議手続と破産手続とを継続した一体のものとして把握し、たとえ右債務負担の原因が破産宣告の時より一年前に生じたこととなるときであつても、和議手続との関係において和議法五条の準用する破産法一〇四条二号により相殺をすることができないときには、移行後の破産手続との関係においても右相殺は効力を有するものではないと解するのが相当であり、このように解しても、同号但し書の前記定めが意図する取引の安全の保護に欠けることとなるものではないというべきである。

これを本件についてみると、原審の適法に確定したところによれば、(一) 被上告人は、訴外破産会社株式会社東海真空装置製作所(以下「破産会社」という。)に対して、昭和四九年九月二四日から昭和五一年一一月三〇日までの間の商品売買代金及び修理代金として合計金三八四万五四四八円の債権を有していた、(二) 破産会社は、同年九月三日支払を停止し、同月八日和議開始の申立をした、(三) 被上告人は、昭和五二年三月一日右支払停止及び和議開始の申立を知りながら、破産会社との間に、引渡期日を同年四月一五日、代金を合計金四六〇万円、その弁済期日を同年五月三一日と定めて、破産会社から製作物の供給を受ける旨の契約を締結し、破産会社は、右約旨のとおり履行した、(四) 被上告人は、同年六月破産会社に対し、右商品売買代金等債権三八四万五四四八円を自働債権とし右製作物供給代金債権四六〇万円を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をするとともに、右製作物供給残代金七五万四五五二円を弁済した、(五) 破産会社は、同年一一月九日和議開始の決定を受けたが、翌昭和五三年三月六日和議廃止の決定を、次いで同月二七日破産宣告を受けた、というのである。右事実関係によれば、被上告人のした本件相殺は、破産会社に対する破産宜告の時より一年前に生じた原因に基づいて負担した債務を受働債権としてされたものではあるが、右債務の負担が破産会社の支払停止及び和議開始の申立を知りながらしたものであつて、和議法五条において準用する破産法一〇四条二号但し書に該当しないから、先行する本件和議手続において効力を有しないものであり、したがつて本件破産手続においても無効といわざるをえない。

そうすると、これと異なる見解に立つて被上告人のした本件相殺を有効とした原審の判断には法令の解釈適用を誤つた違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。そして、前記の事実関係のもとにおいては、被上告人に対して製作物供給残代金三八四万五四四八円及びこれに対する弁済期経過後である昭和五四年八月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人の本訴請求は正当として認容すべきものであつて、これを棄却した第一審判決は不当であるから、これを取り消し、右請求を認容することとする。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長島 敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡満彦 裁判官 坂上寿夫)

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